人質軟禁事件!? その5

「オレと一緒に、死ねるか?」、唐突にSさんは聞いて来た。
わたしはためらわずに、「No」と答えた。
「悔しくはないのか?」
「もう忘れた方がいい」
「じゃあ、警察へ行こう」
「いっても何の解決にもならないよ」
「警察に事情を云って金を返してもらうのに立ち会ってもらおう。それなら
  いいだろう?」

基本的な考え方としては、飲食の値段は当事者同士によって決められるのが
普通であり、警察が民事に介入することはできない。

わたしは、気後れしながらも駅前の交番までついて行った。
事情を説明するSさんに対して警官は案の定、民事不介入を理由にどうしよ
うも出来ないと云って来た。

「警察が悪者の味方をするのか?」
「あんな店を野放しにするのか?」
「オレはちゃんと都民税を払ってるんだ!」・・etc

都民であるSさんが口早にまくしたてた。ちなみにわたしは県民だ。
執拗に食い下がるSさんに結局は折れたのか、警官は返金の交渉に立ち会っ
ても良いと云ってくれた。しかし、もう関わりたくないというのが私の本音
だったので、「いや、行くのはもういいですよ」と、横から口をはさんでそ
れを阻止した。

それどころか、わたしは気持ち良さそうにSさんが警官に愚痴っているのを
見て、つい、いつの間にかそれに便乗していた。

S「歌舞伎町はこの手の店が多いって全国的に有名じゃないですか?」
私「そうだ、なんでもっと取り締まらないんだぁ」
S「こんなことが、このまま許されていいのか?」
私「そうだ、もっと厳しく取り締まるべきだぁ」

・・・、延々20分ぐらいは続いただろう。Sさんの繰り出すジャブを援護
射撃するかのようにわたしの小判ザメ・パンチが善良な警官に襲いかかった。
しばらくの間、歌舞伎町の警察機能がマヒしたのはいうまでもない。

しかし、もともとあまり怒っていなかった私は、早々と愚痴のネタ切れにな
ってしまった。あとはSさんの気が済むのを待つばかりだ。警官相手なら身
の危険は感じないのでSさんには存分に闘ってもらいたい。Sさん頑張れ!

しばらくすると、ようやくSさんの怒りも収まってきた。
店を出たときの、あの思いつめた顔つきから較べれば、なにか溜まってたも
のを一気に吐きだしたような、そんなとてもすっきりした顔つきになってい
る。

すべて解決した。

わたしは親戚でもないのに親切にしてもらった警官に、お礼を述べた。
「厳しく取り締まってください」、そういってわたしとSさんの二人は晴々
した気分で新宿西口駅前交番を後にした。

わたしは改めて日本の警察の優秀さと打たれ強さに感服すると共に、ふと自
分が都民税を払っていないことに気が付いた。この恩はいつか必ず返したい。


交通違反で罰金6千円を喰らうのは、それから数年後のことである・・。
くそっ!

                                                        えんど
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